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能の台詞〜呼掛(中西 紗織編) [varied experts]

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能一番は、いくつもの「小段」部分部分が連なって構成されています。前回取り上げた「名ノリ」も小段と呼ばれるものの一つ。
「呼掛」とは、能の登場人物が特にシテが、舞台上にいるワキなどに呼び掛けながら揚幕から出てくる・・その時の台詞。
シテが「のー」と言う。主にワキに大事なことを訴えたくて呼び掛ける、そんな台詞。
●《羽衣》
 シテ:天女 ワキ:漁師白龍 ワキツレ:漁師(二人)
舞台は駿河国三保松原。富士山とその一帯は世界文化遺産に指定されています。ある春の日に美しい風景に引かれたのでしょう。天上界から天女が下りてきて、
まとっていた羽衣を松の枝にかけて水浴びをする。すると、漁師がそれを見つけて良い物を拾った!と喜びます。そしてこの呼掛の場面となります。
謡本には、「なう」と書かれていて、「な」の横にカタカナで「ノ」とふってあります。つまり読み方は「のーーー」となります。
「なう その衣は此方のにて候。何しに召され候ぞ」もしもし、その衣は私のものです。なぜ持っていこうとなさるのですか、と。
揚幕が上がり、鏡の間から呼掛「のーーー」と台詞が始まり、天女が姿を現します。すると、漁師白龍は、これは私が拾った衣なので、持ち帰ろうと思いましたと。
この世のものではない、美しい衣ですから、持ち帰って家宝にしようとしたのです。
天女はあわててこう言います。「それは天人の羽衣とて たやすく人間に与ふべき物にあらず」天女は、この羽衣をまとわないと、天上に帰れないので、必死です。
ですから、「なう」という呼掛もかなりはっきりと強い感じで呼び掛けます。その後は、かの有名な天人の舞を舞ってくれと漁師が所望し、天女は羽衣をまとい、
上空へ舞い上がりながら、はるか天上界へ帰っていき、めでたしめでたしとなります。
●《吉野天人》
 前ジテ:里の女 後ジテ:天人 ワキ:都人 ワキツレ:同行者(2~5人)アイ:吉野の里人または山神
前回、「名ノリ」のお話でも取り上げた能。前場、つまり前半の場面で前ジテの里の女が登場する時に言う台詞です。
謡本には、呼掛と書かれ「なうなう」と「なう」が繰り返されています。縦書きの古文では「くの字点」といい、二文字分、縦に伸ばした「く」の字のような記号が
使われています。「のー」という呼掛は、「のーのー」と二つ重ねることが多いそう。
「なうなうあれなる人々は何事を仰せ候ぞ」あの方々は、何をおっしゃっているのでしょうと。その前のワキの都人の台詞は、「ご覧候へ峯も尾上も花にて候。
なほなほ奥深く分け入らばやと思ひ候。」舞台は吉野の山、山の頂の辺りは桜が満開なので、さらに山奥深く分け入って桜を見たいものだというわけです。
それで里の女が「なうなう」と、あの方々は何をおっしゃっているのでしょう?となるわけです。すると、ワキが「はい、私たちは都の者ですが、この吉野山の桜が
素晴らしいと聞いて初めてこの山奥までやってきましたと答えます。これがきっかけとなり、ともに花を愛でる友は、この世だけでなく前世からのご縁があるのだよ、
という様な台詞もあり、後場へ続きます。後場では、里の女が本性を現し、天女の姿で舞を舞うという場面が一番の見どころです。
花と天女。美しく優雅な物語のきっかけとなる呼掛。
●《殺生石》
 前ジテ:里の女(たま玉ものまえ藻前の化身) 後ジテ:野干(玉藻前の正体の狐) 
 ワキ:玄翁和尚 アイ:能力(玄翁和尚の召使)
那須の湯元温泉に殺生石という大きな岩、溶岩があります。それにまつわる伝説に基づいたお話し。
能《殺生石》は、ワキの玄翁という僧が那須にやってくるところから始まります。そこへ、シテの里の女が呼び掛けます。「なう その石のほとり な立ち寄らせ給ひそ。」「な…そ」は禁止の意味。その石のそばに寄ってはいけませんと女は言い、さらに「それは那須野の殺生石とて 人間は(ナ)申すに及ばず 鳥類畜類までもさはるに命なし」つまり、人間は言うまでもなく鳥も動物もその石に触れたら命はないというわけです。殺生石とは、生き物を殺す石という意味。そして、この石には言い伝えがあります。玉藻前という妖狐つまり化け狐が美女に化け、帝の寵愛を受けたという伝説。結局正体を見破られ退治されてしまったけれど、いまだに苦しんでいるその執心が化け物の石になったというのです。この能の後場では、野干つまり狐の化け物として正体を現しますが、玄翁和尚の供養によって成仏し、もう悪事は行わないと誓い
「約束堅き石となって」化け物の姿は消え去るのでした。狐の化け物は、ああこのお坊さんなら自分を成仏させてくれるに違いないと思って、「のー」と呼び掛け、
その石に近寄ったら命が危ないから近寄るなと声をかけたのでしょう。