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これからのシーズン気になることとは・・・(齊藤 慶輔編) [nature treasure]

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今年はシカの事故がいつもの年よりも多い感じがします。車や列車と衝突するというニュースを耳にします。
そんな中、毎年、毎冬、増えているのがシカと列車が衝突した後に起こる希少種猛禽類の事故。エサとして線路に群がるオオワシやオジロワシ。
お借りした写真も列車事故にあったオオワシのレスキューと死体収容のものです。
今までにもシカと列車が衝突した後にすぐ撤去ができないのであれば、せめてシートというか袋に入れて・・というお話もなさっていたのですが。
どうやらその件はあまり進んでいない感じが・・というよりも後戻りしたようにも私には聞こえました。
列車と衝突したオオワシやオジロワシは多くは即死、もしくは万が一助かっても自然界に戻ることができない終生飼育としてセンターで暮らすことになるのです。
人間が作り出した原因で野生の猛禽類が死んでいく、もしくは傷ついてしまう。
原因が人間が作りだしたものであれば、人間の行為でそれは阻止することができるのではないのでしょうか?
※写真は齋藤慶輔氏からお借りしました。
※音声はこちら・・・https://open.spotify.com/episode/1iWStNJeb9citFkZtvlE1F

created online and with people in Taiwan [close to you <art編>]

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苫小牧在住の作家、藤沢レオ氏が釧路にいらっしゃったので、スタジオで最近の活動をメインにお話しを伺いました。
まずは、札幌のgallery CLACの立ち上げに関わったとの事で、そこでの個展について。今までテーマとしている一つの模刻のモニュメントシリーズ。
今回はクワを5つ作ったそうです。なぜ昔の方々が作った道具に興味を抱いたのかを伺ってみました。
去年、モエレ沼公園で個展を行なった時に、公園の中の間伐材を1本切り、それを素材にして展覧会をするということになったそう。
チェーンソーで一瞬できるのはしのびないと思い、そこで石斧を作ったそうです。それで切り倒してみたら「あら・・これ道具も結構面白いな」と。
もちろん切るという行為がその時は面白かったそうですが、振り返ってみた時に、道具を作るというのは、当時の想像力の結晶だと思い、そこで、模刻という・・・
「うつす」という事に興味がわいたそうです。
さて、このgallery CLACですが、とても素敵なプロジェクトを立ち上げました。
サポート企業と連携し、アーティストにあった職種や雇用条件で、働きながら制作に打ち込める生活環境づくりをサポートするという内容。
最終的にはこのギャラリーで個展を開催をすることを一つの目標にしているそうです。
数多くいるアーティストが次のステップに踏み出すための継続的支援を目的とした取り組みとのこと。素晴らしいですね。
続いて海外とのコラボとのことについて。フランスや韓国とのプロジェクトは現在、コロナ禍ということで延期になっているそう。
そんな中、台湾とのプロジェクトがリモートで進んでいるそうです。これから台湾(台南)で北海道アーティストのグループ展が開催されます。
本当は現地に滞在し、制作活動をする予定だったそうです。そこで出て来たのがオンラインを使っての進行。素材をリモートで探しに行ったそう。
現地の方がカメラを持って出かけて、それを見つつ、藤沢氏とやりとりするというもの。素材を送ってもらい、苫小牧で制作し、できたものを台湾に送るという流れです。
彼が今まで取り組んで来た「模刻のモニュメント」「糸を使った重力の彫刻」をリモートで行なったそう。
「台南で魚の鱗から作る繊維というのがあり、面白そうと思い、そこから僕の作品のためだけの特注の糸を作ってくれたんです。この糸は鱗感は全然なくて、
ポリエステル繊維の糸に近い感じです。色は白なんですが、光にあたると少し金色っぽい感じ、艶のある糸でした。」
現地に行って色々な人とお会いして、お話して、お願いするとか、教わるとか。。そんなことが今オンライン上でできていて、それで展覧会の準備が進んでいるという状態。
「展覧会は1ヶ月半くらいあるので、期間中には一度は出かけていけたら・・・と思っています。」
※尚、写真は藤沢レオ氏からお借りしました。

2022.1109 O.A 市立釧路総合病院 院長 森田研氏 [close to you <dr.編>]

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今日は社会学?釧路市も人口が減り、業種が分散したり、社会の仕組みが複雑になってきているので、あまり人口が減ると専門分野の人がいなくなり、
街が立ちいかないという事があるそうです。日本全体が人口が減少し、医療・介護・年金・生活保護を支える側と支えられる側のバランスが傾きます。
そこに関わる医療関係のお話しです。成熟した社会になればなるほど長生きで、出産が少なく子供が少ない。
今の定年制度で社会をリタイアしてしまうと社会を支える人たちがどんどん減ってしまうという現実があります。
現時点での試算予測では、20年か30年後にピークになるそう。昔は10人の若者で働き1人の高齢者を養っていたのが、今後4人で3人を養うという計算に。
「病院で一番人数が必要なのは看護師の方々。でもどんどん減り、維持できなくなる。ちょっと将来が心配なんです。それが医療界では大問題になりつつあります。」
現在、コンビニ等では自分でお金を支払ったりするシステム等がありますが、それが医療ではなかなか難しいとおっしゃいます。
そこに介護ロボットを入れてやってみるとか、移動するときに機械でできるかどうかが問題になっているそう。
日本で高齢化が進み、外国人労働者を・・という話もありましたが、コミュニケーションの問題があったり心のケアがうまくいかないという事も今後どうして行くのか。
「極端な例が、コロナのワクチンを早く打たなければ・・という時に医師や看護師だけでは足りないので、薬剤師とか検査技師の方、歯科医が注射したりとかという事が
ありました。その様な事をコロナ以外でもやっていかなければならないのでは?とか、その様な論議が多く、病院の職員の業務内容が変わってきています。
悪い事ばかりではなくて、その様なことが通常になってくると、自分の外来でも分野別に分ける様にしているんですよ。例えば、薬の処方のこと、注射のこと、
生活・栄養のこと、全部医師が外来で説明していると非常に時間もかかるので、薬のことは薬剤師に、栄養のことは栄養士に、生活のことは看護師が参加するとか、
分担しているとだんだん皆さんわかってくれて、スムーズに物事が運んでいます。」
他にはオンラインがコロナ禍で進み、やってみたらできるという事が多いとわかったとおっしゃっていました。
例えば処方等を内容をチェックして病院に行かなくても薬をもらえる様にする。オンラインで遠隔処方する、処方を郵送にするという事も始まりつつあるそうです。
今までもごく一部の科で実施されたり、救急の現場でも対応したりという事もあるそうです。
一口に遠隔診療、オンライン診療と言っても非常に程度の差があるそうです。細かいところでは実際に走り出しているシステムも結構あるそうです。

エジプト カイロの病院のこと(黒田 理編) [varied experts]

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2000年9月から3年間、カイロ支局にいらっしゃった黒田氏、20年前のことですから、変化している点もあると思いますが、今回は病院事情について伺いました。
ご自身というよりお子様がお世話になったようです。「私の息子はカイロで生まれました。」
医療技術や設備は日本とは大きな違いがあり、医務官からは輸血が心配なので、その可能性があれば日本で産んだほうが良いと言われたそう。
でもその心配はなく、妊娠は順調だったので大丈夫だろうとカイロで出産。
カイロでは、産婦人科の病院にかかるのではなく、まず医師を選び、その医師が出産するための病院を選ぶという流れ。検査のときは選んだ先生の診療所に通うそう。
「すごいのは他のお医者さんもそうですが、なにかあれば朝でも夜でも先生の携帯電話に電話をして指示を仰げること。初産でもあり、これはかなり安心でした。」
出産は先生の勧めるまちなかの病院。今までお世話になっている医師と手伝いの医師も来て、対応してくれたそうです。
「私も立ち会ったのですが、面白かったのは息子を取り上げた後、流しの蛇口の下に体を持って行き、水道の流水で洗ったことです。そしたらわっと泣き出しました。」
病室はスイートルーム。日本でいえば特別室のような感じ。ベッドがあり、隣の部屋にはソファセットも。日本の普通のホテル1泊くらいの値段だったそうです。
その後、男性の小児科医にお世話になったそうですが、彼はJICAの関係で日本に来たことのある方で、かたことの日本語で会話ができたそう。
カイロでは、注射は医師ではなく、薬屋さんで打つそう。医師から処方箋をもらい、薬局に。日本のドラッグストアとは全然違い、薄暗い薬局で注射を打たれるのは不安だったとおっしゃっていました。
1歳にもならない息子さんは中耳炎に悩まされたそうです。寝ていても、耳が痛くなり泣き出します。季節は夏。カイロの医師は1~2ヶ月、ヨーロッパや地中海に面した
エジプトの都市等にバカンスに行きます。お世話になっている小児科医が不在時、中耳炎がひどくなり、注射を打っても治らず、代役の先生は手術をすすめたそうです。
それだけは避けたいと思ったそうですが、幸い、別の耳鼻科の医師に診てもらい、何本目かの注射を薬屋の暗い店内で打つと奇跡的に快方に向かったそうです。
「本当に奇跡だったと思います。その先生までが本当に、文字通り「ミラクル」と言ったほどですので。いま思い返しても冷や汗ものです。」
エジプトの貧富の差は、日本では想像がつかないほど。街にはものもらいの子がたくさんいるそうです。住む家がなくて、お墓に住んでいる人たちもいたと・・・。
もちろん医療費を払えない人はたくさんいるのが現実。カイロで救急車は有料。お金がなかったら、救急搬送もされません。
そこでお金のない人は、無料の医師に診てもらうのです。イスラム教の寺院、モスクがまちの至るところにあり、そこに医師が来て、無料の診察をしてくれるそうです。
生活のあらゆる面でこの様な支援の手がさしのべられていると。社会保障制度など無いに等しく、それを補っているのが宗教に基づく助け合いの精神。
善行を行えば、天国でよい思いができると信じられているのです。
この様な医師、イスラム原理主義と呼ばれる集団に属する人が多くいるそうです。「エジプトではムスリム同胞団と呼ばれています。これを政府は目の敵にしているんです。
エジプトでムスリム同胞団は非合法な組織。武力に訴えるイスラム過激派ともつながります。高度な教育を受けた人たちがあまりの不平等・不公平に義憤をたぎらせるという面もあると思います。」大多数の貧しい人たちは当然、この様な医師、組織を支持します。これは中東のどの国でも一緒だそう。
パレスチナでは、ハマスという やはりイスラム原理主義組織があり、敵対するイスラエルはもちろん、同じ仲間のはずのパレスチナ自治政府とも敵対しています。
「でもいくら攻撃されても壊滅することはないでしょう。逆に人々の支持を集める。それは本当に貧しい人にとっては自分たちの暮らしを守ってくれるからなのです。」

2022.1104 O.A 「秋に撮影しているもの」 [varied stories]

逸見光寿さん(写真家)
https://coju.info/

やはり、「秋は夕暮れ」(枕草子/清少納言)というぐらい、秋は夕暮れが美しいものです。
「道東は晴天率が上がるので、澄んだ空の美しい夕景をぜひ狙ってほしいと思いますし、道東ほど夕暮れの美しいところは、そうないと思います。」
1:網走湖の流木
自身にとっておなじみの撮影場所だったそうですが、こんな流木が打ち上げられているのを見たのは初めて。
この日は雨でしたが、雨雲レーダーでは雨が上がる予測だったので、車で待機しながら雨が上がるのを待ったそう。「悪天候のあとには絶景が待っている」と信じて。
雨が上がると、風が収まり湖面は水鏡に。無風+流木+夕暮れという奇跡の条件が重なったのです。夕景は刻々と変化する光を見逃さないことが大事です。
太陽の位置が高いと輝度差が大きく、逆光で写真を撮るのは難しいのですが、時々雲に隠れたりする瞬間を狙うのもアリだと・・・。
2:千代の浦マリンパーク
ある雨の日、遠くの空が明るくなっているのが見えたそう。雨雲レーダーをチェックすると、なんと日没の10分前に雨が止む予測。慌てて撮影に・・・。
日没まで時間がないので、自宅から近いこの場所を選んだそうです。ここは以前からロケハンしていたのが功を奏し、プロムナードのアールがヨーロッパっぽい雰囲気で、
いつかここで作品をものにしようと思っていたそうです。前ボケを作り、視線がプロムナードの造形に向かうようにしたそう。
またしても、「悪天候の後には絶景が待っている」だったのです。
3:釧路港
釧路港も自身にとっておなじみの撮影場所。港湾施設の造形を活かしながら撮るのが好きだそう。
この日は穏やかな天気で水面が良い感じだったので、港内の数か所で撮影しながら日没を待ったのです。
すると突然、竹内まりあの「プラスティック・ラブ」が聞こえてきました。よく見ると、夕日観光クルーズ船が航行していて、そこから音楽が流れていました。
4:釧路川
秋にしては珍しく夕方から濃霧に。釧路川沿いは、街灯の灯りが美しいのですが、濃霧によりそれがより際立ち・・・。船と街灯のバランスをよく見て撮影したそうです。
散歩途中にコンパクトカメラで撮影。スマホと比べてレンズが良いので、フレアやゴーストを防ぐことができたそう。
広角レンズの歪みを考慮して撮影し、現像で補正したそうです。
※写真は逸見光寿氏からお借りしました。
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2022.1103 O.A BAND [chord 5]

・Full Circle / The Jeff Healley Band
・I Can't Get My Hands On You / The Jeff Healley Band
・How Long Can A Man Be Strong / The Jeff Healley Band
・While My Guitar Gently Weeps / The Jeff Healley Band
・Something To Hold On To / The Jeff Healley Band
~今回はバンド編です。The Jeff Healley Band 特集です。
今回は・・・「珍しくブルースバンドです。盲目のギターリスト。」と河口氏。
出演は、河口氏&midoriでお送りします。

南極観測隊〜その歴史1(中山 雅茂編) [fun science]

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10月10日お昼に、「南極観測の先遣隊が出発」というニュースを耳にして、今年も南極観測隊の方々が出発する季節だな〜と思った中山氏。
そこで日本の南極観測のルーツについてのお話し。日本の南極観測のはじまりは、1912年(明治45年)に白瀬矗が率いる南極探検隊が行った学術探検と言われています。
秋田県に生まれた白瀬矗という人が、子どもの頃に寺子屋の先生から「北極」の話を聞いたのをきっかけに探検家を志したそうです。
お寺の長男として生まれ、僧職については探検ができないと考え、矗と改名し、陸軍に入り、30代の時に北極探検に備えて千島探検に加わり、千島列島の最北東端にある
占守島で穴居生活を。ただ、当時他の島で越冬したグループが全員死亡するなど過酷な生活だったそう。それでも極地の探検を目指していたのです。
彼は、1909年にアメリカの探検家ピアリーが北極点の踏破に成功したことを新聞で知りショック受けます。そこで、今度は目標を南極探検にし、翌年1910年1月に帝国議会に南極探検のための経費として10万円を請願し、議会では3万円が議決されたそうです。
結局、政府は援助金を支給しなかったようですが、大隈重信が会長となり後援会を設立し、日本各地で寄付金の募集や応援講演会を行って支援しているそうです。
その年の11月には海南丸と命名された船で東京芝浦を出航し、翌年2月にニュージーランドのウェリントン港に入港し食料を補給、3月に南緯74度まで達し、
氷塊に阻まれる等、一度オーストラリアに引き返し、南極の夏を待ち、11月にシドニーを再出航。年が明けた1912年1月に開南丸は南極ロス海ホエールベイに到着。
この頃、南極点踏破を目的に他の国からも探検隊が向かっていて、開南丸が南極に到着するひと月前に、ノルウェーのアムンセン隊が先に南極点を踏破。
開南丸が南極に到着した翌日には、イギリスのスコット隊が南極点を踏破。しかしその帰りに、スコット隊は全員が遭難して亡くなっているとのこと。
白瀬隊は南極点を目指していますが、厳しい寒気とブリザードの中、2台の犬ぞりが離れ離れになるなどし、南緯80度05分というところで、南極点に向かう走行を中止した
そう。しかし、6月に芝浦に開南丸が戻った時は、多くの市民が集まり、帰国を祝ったそうです。この様な1912年に白瀬隊が南極を探検した記録が日本の南極観測のルーツと紹介されています。その後、44年の月日が経ち、1956年11月に第1次南極観測として「宗谷」という船が日本を出航することに・・・。
「南極に行きたい先生はいませんか?小中高や特別支援学校で働いている先生を対象として、南極から授業をしてくれる先生を募集しています。
12月5日応募書類の締切です。詳細は国立極地研究所の南極観測ホームページで確認してくださいね〜。」とは中山氏からのお知らせでした。

湖を研究する〜植物プランクトン〜(尾山 洋一編) [nature treasure]

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今回は、湖の生き物としてのプランクトンのお話し。プランクトンは、植物プランクトンと動物プランクトンの2種類に大きく分けることができます。
植物プランクトンは、サイズが1 µmから100µm程度と非常に小さいものがほとんど。顕微鏡を使わないと見れないのですが、非常に多くの種類がいるそう。
例えば緑藻、珪藻、藍藻、渦鞭毛層といった様々な種が海や湖には暮らしているのです。それぞれ形や大きさが様々ですが、最も特徴的なのは、それぞれの色。
緑藻は、その名の通り緑色をした植物プランクトン。陸上植物の葉っぱと同じくクロロフィルという色素を持っているため。
珪藻は、茶色っぽい色、その理由はクロロフィルの他にフコキサンチンという色素を持っているから。
また、珪藻はガラス製品の素材であるケイ素でできた殻で表面が覆われていて、珪藻の「珪」はケイ素を意味します。
他の植物プランクトンと比べて硬くて、死んでも殻だけが化石として形に残ることがあるそうです。
藍藻は、緑藻と比べてやや青っぽいのですが、これはクロロフィルのほかにフィコシアニンという色素を持っているから。
そして何より、藍藻は人間が地球上で生活できるようにしてくれた生き物なのです。地球が誕生したのが今から46億年前、この時は大気の90%以上が二酸化炭素でした。
そして35億年前に地球上に酸素が増えたのですが、これは同時期に藍藻が誕生し、海の中に溶けた二酸化炭素と太陽の光から酸素を生み出してくれたからなのです。
あとは渦鞭毛藻。昨年に沿岸域で魚介類が大量に死んだと問題になりました。これは渦鞭毛藻が大量に増えたためと考えられています。
渦鞭毛藻は珪藻を同じくフコキサンチンを持っているので黄色っぽいをしているのですが、面白い所は鞭毛という細長いひげのようなものが数本生えているそう。
しかもこの鞭毛を使って自由に泳ぎ回ることができるのです。
では、なぜ色の異なる種がいるのでしょう?その理由は、光合成に必要な光をできるだけ多く獲得するための生存戦略から来た進化の過程を意味しているそうです。
クロロフィルという色素は、ほぼ全ての植物プランクトンが持つ色素。この色素は、青色と赤色の光を吸収することができ、その他の色の光はあまり吸収できないのです。
一方で、珪藻や渦鞭毛藻が持つフコキサンチンという色素は、緑色の光を吸収してくれます。青や赤の光以外に緑も吸収できるのですから、クロロフィルしか持たない緑藻
よりも有利ですよね。また、藍藻が持つフィコシアニンという色素は、赤色の光をクロロフィルよりも多く吸収します。
海や湖のような水域では、浅い所だと青や緑、赤など様々な光を浴びることができますが、深い所には青い光しか届かないので、藍藻はガス胞という浮き輪のような器官をもっていて、浮いて水面上に留まることができて、赤い光を独占してしまうそう。
渦鞭毛層は珪藻とほぼ同じ色素を持っていますが、泳いで動き回れる分、他の植物プランクトンが少ない所まで行って光を吸収できるといった長所があるのです。
植物プランクトン、それぞれが様々な色素を持っていたり、中には鞭毛を使って泳げる生き物もいるのですが、これは光合成して成長するために、他の種よりもできるだけ多くの光を吸収しようとして進化した結果を表しているという事なのです。
※写真は尾山洋一氏が所属するマリモ研究室提供。
※音声はこちら・・・https://open.spotify.com/episode/6qxxnivSQxyjo8K4A8PvZ2

exhibition sky [close to you <art編>]

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いつでも私たちの頭上にある空。晴れ、雨、曇り、雪もあれば、明け方から真昼、夕方、夜までさまざまに変化します。
今回は帯広美術館所蔵品の中から「空」が印象的な作品が展示されています。
単に空を描いた作品というよりは、風景画の中での空がどう表現されているのかに注目したい作品です。
その中でも印象的な作品が集められているとのこと。洋画、水彩画、そして日本画で描かれた空。
特に薗部氏からは気になるおすすめ作品を伺いました。まずは、松本早苗氏の作品から。
「午後のひざしの中で・・・」という作品は、赤茶色の空が描かれています。画面の2/3ほどは空。
地上近くの空は明るく、牧草地らしき原野と点々とつながる牧柵。水彩絵の具の澄んだ色が穏やかな明るさと、同時に一抹の寂しさをも感じさせる作品です。
「彼女はビジュアルがもともとありきで、それに合う風景を求めて各地を訪ね歩き、見出した風景を元に瑞々しい質感と静謐な詩情に満ちた風景画を描いています。」
と薗部氏。確かに私も以前実物を拝見して、お話を伺ったことがあるのですが、彼女の作品はどれも透明感を感じる作品だと思いました。
そして、森健二氏の作品「光年の導べ<心象>」。こちらは画面いっぱいに広がる宇宙空間。
黒から紺色、緑色、黄色や赤、そして白色へと変化する色彩で彩られる。そして、そこに現れるたくさんの魚たち。
彼は1960年代の後半から長年、このシリーズに取り組み、宇宙がテーマの抽象画・心象画を描きました。
「入院や家事等、災難が重なって失意のどん底にいた自分を救ってくれたのが、焼け跡から見上げた満天の星空の美しさだったそうです。」
雲や空、星空に癒される方はたくさんいらっしゃると思います。また、空なんてほとんど見ないという方もいらっしゃるかもしれません。
この展覧会で様々な空の表情をご覧になって、実際のあなただけの空を探して見るのも面白いかもしれません。
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※尚、写真は北海道立帯広美術館 薗部容子氏からお借りしました。
(Exhibition そらは12/4まで北海道立帯広美術館で開催中です。)

2022.1102 O.A 釧路糖尿病デー 市民公開講座について [close to you <dr.編>]

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今回は市民公開講座に関わる、スタジオにお二人の医師、ZOOMで医師と薬剤師の方にご参加いただいての収録となりました。
まるで居酒屋さんでのトークみたいな・・・楽しい時間が過ぎ、編集どうしましょうという状態に!!(笑)
皆さんの楽しい雰囲気がラジオからも伝わることと思います。
11月12日(土)14:30〜16:00 コーチャンフォー釧路文化ホール 2F 展示ホールでの開催です。
・総合司会:森田研氏(市立釧路総合病院 院長)
・講演1 :14:30〜15:00 大屋太郎氏(むつみ薬局光和店 管理薬剤師)
     <まずは頭の体操!と薬局のお話>
・講演2:15:00〜15:30 古川真氏(釧路赤十字病院 内科部長)
     <気になるカロリー!気にするカロリー!〜単位に纏わるエトセトラ〜>
・講演3:15:30〜16:00 林田賢聖氏(林田クリニック 院長)
     <あしたが変わる心不全 トリセツ 〜私は浮腫んで、息が切れて、ちょっとブルー(心不全を防ぐ6つのコツ)>
今回は初の試みでWEBでの参加もok。ですから釧路以外からでも参加できます。30代の方から糖尿病になってしまうことがある今、多くの方に参加していただきたいと。
「最初は頭の体操で、少し頭を柔らかくしてから古川先生に繋いで、そこで大笑いしながら糖尿病を学んでいただき、最後はアカデミックに林田先生にしめてもらう。」
そんな流れになるそうです。3年ぶりということで皆さまから熱気とやる気と意気込みが伝わって来ました。糖尿病について興味のある方、生活習慣が心配な方、
ご家族・ご友人お誘い合わせの上、参加してみてはいかがでしょうか?
WEB参加はこちら・・・https://bit.ly/3LJHg4c