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2022.1118 O.A 「東京ぶらり散歩」 [varied stories]

菊田真寛さん(会社役員)

ぶらっと東京散歩、自然感じる所巡り編。まず、戦後を代表する作家の一人、台東区入谷にある池波正太郎記念文庫。
池波正太郎は、大正12年(1923年)台東区浅草生まれ、1990年、67歳で亡くなりました。鬼平犯科帳、剣客商売、真田太平記等の代表作がありますね。
「会社の先輩に、リーダーとしての心構えなど学ぶには良い小説だと紹介されたのが、「鬼平犯科帳」時代小説の文庫本全24巻でした。
主人公の「鬼平」こと「長谷川平蔵」の小説の中での人との接し方など、とても好きで、何度も読み返していますが、その作家である唯一の記念館なので以前から
気になっていたんです。」そこには、書斎、原稿、台本、絵画などが展示されていたそう。
彼は「男の作法」という本の中で、たとえば、「天ぷら屋にいくときは、腹をすかして行って、揚げるそばからかぶるつくように食べなきゃ」と語っているように、
グルメでもあります。また、絵も描かれる多彩な方でもあります。
「聖地は言い過ぎですが、行ってよかったなあと思っています。あらためて、今まで読んだことのない作品を読んでみようと思いました。」と菊田氏。
続いては近くにあった、法華宗の真源寺。「鬼子母神」を祀っていることから、「入谷鬼子母神」の名前でも有名な寺院だそうです。
釈迦は、悪神鬼子母神に子供を失う悲しみを改心させ、以後、子育ての守護神として信仰されているようです。
恐れ入りましたを洒落たことばで、「恐れ入谷の鬼子母神」と狂歌での言葉や、「朝顔市」でも有名なお寺です。
その後、本命の新宿御苑に・・・。新宿御苑は、徳川家康の家臣である内藤氏の江戸屋敷に一部がそのルーツとのこと。
東京都の公園のなかでは広さ5番目、58ヘクタール、東京ドーム13個分だそうです。中には重要文化財である洋館御休所などがあり、明治には皇室の庭園、
戦後に一般公開されたそう。あの桜を見る会、菊を見る会などイベントが開かれているそうです。
入場時は、100m以上並んで入園。園内はとても広いので、のんびりお弁当を広げてる人、芝生に寝転がっている人などたくさんいらしたそうです。
「東京ならではですが、遠くに高層ビルが見えたりとちょっと不思議な感じにみえました。初めて行きましたが、大きく4つのエリアがあり、
日本庭園・風景式庭園・整形式庭園があり、空気が澄んでる感じがしました。」
ジュウガツザクラという桜が咲いていたり、バラ花壇もあり、様々な種類のバラも咲いていたそうです。
「東京は大都会ですが、公園、憩いの場所など、充実しているとあらためて感じました。都会の喧騒と言われますが、もちろん騒がしい場所、人の数・車の数は、
半端な数ではないです。でも、癒しの場所、美術館など本物に触れることができる場所もたくさんあることあらためて強く感じ、癒されて帰ってきましたよ。」
※写真は菊田真寛氏からお借りしました。
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2022.1117 O.A 洋楽 [chord 5]

・Reflections (I Remember) / Mary J. Blige
・We Ride (I See The Future) / Mary J. Blige
・No More Drama / Mary J. Blige
・As / Mary J. Blige
・Don't Waste Your Time / Mary J. Blige
~今回の洋楽編、Mary J. Blige 特集です。
セレクトはToshi氏。今回の出演は、Toshi氏&midoriでお送りします。

ノジュールが気になって(境 智洋編) [fun science]

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釧路から釧路町の海岸線でたまに見かけるノジュール。ただ、この場所ほどその大きさが際立っている場所はないと思います。
さらに上からパラパラと小さな石がたえず落ちているので、その変化も凄まじいのです。
確か去年、あそこにあったものがどこに行ってしまったの?とか
こんなにこの場所にあった?とか
常に変化しているのです。おそらく上の地層がそのままずれて海岸線まで落ちて来たようなものも目に入りました。
ノジュールとは、小さな塊という意味。堆積岩中の珪酸や炭酸塩が化石や砂粒を核として、化学的な凝集を受けて形成された塊です。
まわりの母岩より固く、球状になる場合が多いそう。
確かに見た目にすぐノジュールだとわかるほど、表面はツルツルしている感じ。これを割ってみると中に化石が入っていることが多いのです。
今回も大きなノジュールの側面に巻貝の形が見えました。他にも周辺には貝の化石らしきものも・・・。
毎回収録している最中も、片時も止まることなく上からパラパラと小さな石が落ちて来ます。
それだけ土台が脆いものだと思います。ですから少しの期間でガラッと見た目が変わってしまうのです。
※音声はこちら・・・https://open.spotify.com/episode/7pEuXsga6KyJ3j6Vr16yo9

海と人間(笹森 琴絵編) [nature treasure]

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釧路沖にも来遊するカマイルカたち。彼らはなぜそこに?というお話しです。体長2mほどの白黒くっきり模様のカマイルカの仲間は世界中でみられます。
日本近海では、日本海やオホーツク海南部、九州から北海道にかけての太平洋側で過ごしていることが確認されているそう。
ハイジャンプや波乗りで見ていて楽しいため、ウォッチングでは人気の種。
野生動物は、思いつきで適当にあちこちで過ごしているわけではなく、ちゃんと訳あってそこにいます。日本沿岸では夏になり水温が上昇すると、カマイルカの餌となる
小さい魚などの生物が自分たちに適した水温を求めて移動。するとそれを食べるカマも追って移動。また、出産と子育てに適した環境を求めてという場合もあるのです。
日本近海で暮らすカマイルカのあるグループにとって、夏の餌場や子育てにちょうどよい環境なのが噴火湾であり釧路沿岸であり、北方四島国後や歯舞群島周辺であるため、夏になると決まってやって来るということ。また、釧路でも噴火湾でも水温が比較的低い時期に見られるネズミイルカという種は、夏になるとさらに低めの水温域を求めて北上します。鯨類でも種によってそれぞれ自分に適した“好適水温”は異なるということなのです。もし、イルカや鯨がみんなある特定の環境や海域に大挙して集中し、餌取りや子育てするとしたら、海の生産が需要に追い付かなくなります。「生き物たちは競合しない様に上手にすみ分け、自然界のカラクリはすごいとつくづく感心しますね。」
カマイルカの種は噴火湾の向かいに位置する津軽半島陸奥湾でも5~7月に観察されます。陸奥湾と噴火湾で同じ個体が確認・撮影されていることから、彼らの群れの少なくとも一部は、両湾を利用しているよう。噴火湾に来遊する群れに関しては、漂着した個体の遺伝子解析で、太平洋側と日本海側、双方から来遊しているとされますが、
この種についてわかっていることはさほど多くないと。そのカマイルカたちの生まれ故郷である噴火湾ではイルカと湾の関係が変わりつつあるかもしれないと笹森氏。
その背景は
やはり、温暖化。水温上昇で、餌生物が影響をうけたことによるそう。日本沿岸、特に北海道は、温暖化の影響を受けるという意味では世界的にみても
抜きんでた海域だそうです。噴火湾でも近年はカマイルカが来遊する6~8月の水温はいずれも過去30年の平均値と比べて2~3℃上昇。特に7月下旬〜8月で上昇傾向が顕著。
水温は、一昨年の調査時よりも最高値、最低値、平均値の全てで2~6℃も上回り、この海でカマイルカの主な餌となっているイワシの生息に適する水温の上限に迫っているといえるそう。近年では、彼らの湾から他の海域への移動時期が前倒しになっている可能性もあり、噴火湾の生き物たちが命でつながってきた食物連鎖の鎖がほどけ始めているかに見えるとおっしゃっていました。もちろん、他の鯨種でも同じ様な傾向があって不思議ではないのです。釧路沖のシャチも、マッコウも行動パターンが変化して
いるかもしれません。「行動変化について何か述べるには、少なくとも3シーズンは継続観察し、データを比較しなくてはならないと思いますが、来遊海域が彼らの適水温を越えるとなれば、行動変化をある程度予測することは可能なはず。予測したうえで、それに先んじて対応・対処する事が、これからの人間の経済活動にとっては必要になるとも思います。例えば、海を変えない努力は言うまでもないのですが、今後はさしあたって変化に対応する柔軟さも、私たち人間の生き残りのために必要のようです。」
人が変えてしまった野生の生き物たちの生活が、巡り巡って人の生活を変えるというのは何とも皮肉なことです。人間はとかく自然の犠牲もいとわずに発展や開発に
前のめりになりますが、当たり前のことですが、自然や野生動物と人間の生活は一蓮托生であると思い知らされる一例と教えてくださいました。
※写真は笹森琴絵氏からお借りしました。
※音声はこちら・・・https://open.spotify.com/episode/4JRwV9jhh0OJIzI0WDOuPo

the world of northern melancholy. [close to you <art編>]

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毛綱毅曠のミニ展示第二弾。緑ヶ岡の森越邸の設計図がずらっと並んでいます。
通し番号がついているそうで、0番から26番まで。会場には25点の展示なので、謎の1点以外は全て揃っている感じです。
毛綱氏ご自身が描かれたイラストがとても可愛らしい感じです。人間の形がロボットにも見えたり、とてもユニークな温かい感じを見る人に与えてくれます。
建築物としてはとてもユニーク。外観も中に入ってもユニーク。現存しないのですが、以前私はお邪魔したことがあります。
そこに使われているものは釧路にゆかりのある漁船に関わる灯や窓などしっくり馴染んでいる感じもした感じがします。
今もその建物があるのであれば、おそらく当時とは違った印象を受けたと思います。設計図をみるよりはより現実的だった感じもするのです。
もしかすると実用的な中に遊び心を感じるデザインだったのかもしれません。住み心地は想像するしか術はないのですが、今もそこにあるのであれば、
斬新さという意味では決して色褪せないものだったと言えると思います。
ただ、光はたっぷりと降り注ぎ、なぜ 北国の憂鬱というタイトルがついたのか・・・それが私にとっての疑問です。
(毛綱毅曠ミニ展示 北国の憂鬱の世界展は11/23まで北海道立釧路芸術館フリーアートルームで開催中です。)

2022.1116 O.A 市立釧路総合病院 院長 森田研氏 [close to you <dr.編>]

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最近では病院全体のことを考える機会が増え、マンパワー不足を感じることが多いと森田氏。
「今回のコロナで皆さんも感じた事と思いますが、看護師さんの労働力は本当に貴重で、どこの病院でもそうだと思いますが、苦労しているところだと思います。
ある一定の数がいないと病棟を維持できなくなるので・・・。」
医療が細分化しているので、看護学もかなり細分化して専門の技能を持った方が必要とされているということの様です。
看護師全体の労働力も足りないので大都市圏に行くと外国人看護師を受け入れているところも結構あるそうです。
「これは市立病院の特徴だと思うのですが、薬剤師の方が実は定数は倍くらいいても良いんです。薬剤に関するお仕事、今はものすごく増えている現実があって・・・。
釧路全体では薬局にいる薬剤師さんは非常にたくさんいらっしゃるのですが、市立病院の病棟で指導するスタッフが足りていない状況です。」
医師は非常に専門分野化が進み、昔は内科と外科の先生がいたらカバーできたかな?というのが、今は沢山の科に分かれていて、医師が一人しかいない科もあるとのこと。
さて、自分が調子の悪い時にどこの科に行けば良いのかわからないことがあります。本当は理想的には総合診療科というのがあると一番良いそうです。
「釧路もなんとか作らなければと思っています。そこでクリニックの先生がやっていただいているいろいろな症状からこの病気ではないかというのを見つける過程、
そこを専門にやるところがあると一番良いのです。」現在、釧路市内の開業の先生、クリニックの先生がそれを担っているのです。
「釧路地域の特徴として病院の勤務医はある一定の数がいるのですが、医師会の開業している先生の数が極端に少ないということ。全道の中でも釧根地区は人口に比較して少ないというところもあります。極端な例としては、近隣の町では開業医がいらっしゃらないところもあるんです。」
釧路で、今一番問題になってきているのは精神医学。メンタルケアを含めた精神科の先生の数が圧倒的に少なくなってきている事だそうです。
非常に重い感じの方だと入院が必要になるのですが、入院をするところも減ってきている現実。あとは開業のクリニックの先生方の問題。先生ご自身の高齢の問題があり、夜間の救急対応にはマンパワーが足りない。お一人なので年中無休でやらなければならなく、そういう意味で非常に困っているのが精神神経科とおっしゃっていました。
他には小児科。開業のクリニックの先生の年齢層がだんだん上がってきている問題もあるそうです。今後どうするかを皆で考えているそうです。
「札幌医大の地域医療が頑張っていて、地域医療をしっかり育てるという部門から派遣されてくる先生が、根室等にも派遣され、以前よりは改善されているんです。
暗いニュースだけではなく、地域を担う先生方が育ってきて、釧根地区にもだんだん配備されているという状況もあります。」

ストーリーからおう〜11月の船弁慶(中西 紗織編) [varied experts]

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今回は《船弁慶》。義経と弁慶といえば、いわばスーパーヒーローとして様々な物語が古典芸能の題材となっています。能《船弁慶》は、兄源頼朝から義経が謀反の疑いをかけられ兄弟不仲となり、義経、弁慶の一行が都から津の国尼ケ崎へ向かうところから物語が始まります。
能《船弁慶》・・・観世信光(1435~1516)
登場人物・・・・・前ジテ:静御前 後ジテ:平知盛の怨霊
         子方:源義経 ワキ:武蔵坊弁慶 ワキツレ:義経の従者(三人) アイ:船頭
場所・・・・・前場:摂津国 大物浦 兵庫県尼崎市大物町
後場:瀬戸内海上 大物浦の沖
季節・・・・・11月(観世流謡曲等級季節表より)(曲柄 五番目)    
●子方(義経)がワキ(弁慶)・ワキツレ(従者)を伴い登場:弁慶が名乗り、平家を滅ぼした「我が君判官殿」と兄頼朝との不和について、そして都からまずは大物の浦へ行こうと語ります。大物の浦に到着すると、弁慶は知り合いの船頭(アイ)に船の手配と宿を頼みます。実は義経の恋人の静も一行についてきたのでした。ところが、この先の困難を考えると静御前には都に帰ってもらったほうがよいかもしれないということになり、義経は「弁慶計らひそうらへ」と弁慶に静への伝言を任せます。
●前ジテ(静御前)登場:静が滞在している所へおもむいた弁慶は、都へ帰るようにと告げます。静は弁慶の独断だろうと思い、義経に直接会って自分からお返事申し上げますと義経のもとに来てしまいます。ところが、義経からの「まづこの度は都に上り時節を待ち候へ」という言葉で、本当に「我が君の御諚」だったとわかるのです。
●前ジテ(静御前)の別れの舞 クセ〈中ノ舞〉:静御前は白拍子という芸能者、またはその芸能そのものも白拍子と言います。女性が男装して、烏帽子・直垂などを身に
つけて歌いながら舞う人。静はここで別れの舞を舞います。ここは前場の一番の見どころ。もう二度と会えないかもしれないという思いで、静は白拍子の扮装で烏帽子を
身に付け舞を舞います。ここからが「クセ」という、能の謡どころ、舞いどころという場面となります。静が舞い、続いて、〈中ノ舞〉という囃子と舞だけによる場面に。
前場最後のところでは「静は泣く泣く烏帽子直垂脱ぎ捨てて 涙にむせぶ御別れ 見る目も哀れなりけり」という謡で、静御前が退場。
「この能を観るといつも思うのですが、静が退場するとき、無音なのですね。演出によっても違いがあるかもしれませんが。現代劇やドラマなどでは、きっと悲しげなBGMが流れるのでしょうが、能では「無音」の場面があります。この場面、静御前が音もなく本当に静かに立ち去っていく後ろ姿から、悲しさが際立つ気がします。」
●中入り アイ(船頭)が船を用意 一行の船出:狂言方の船頭が揚幕に一旦引っ込み、あっという間に船を舞台に運び込んできます。竹の骨格に白い布を巻き付けたもの。観客は、いわば脳内変換で目の前に立派な御座船を想像して場面を頭の中に描いていくことになります。
●後ジテ平知盛登場 五大明王登場:壇之浦の合戦で海に沈んだ総大将平知盛の怨霊が長刀を持ち、義経たちに襲いかかります。その様子は〈舞働〉という囃子と舞によって表現されます。ところが、この危機を義経の一声が救うのです。「そのときよしつね少しも騒がず」。子方は、変声期前の少年が演じることが多いので、その高い声は、
演出的にもこの場面に新たな空気を吹き込みます。形勢逆転。そして義経は刀を抜き応戦しますが、相手は幽霊なので手応えがありません。弁慶が義経を止め、
弁慶はお坊さんでもあるので、法力で悪霊を退散させようと五大明王を召喚、呼び出すのでした。
この能の最後の方で物凄い迫力で五大明王が登場する様子が謡われています。「東方降三世 南方軍荼利夜叉 西方大威徳 北方金剛夜叉明王 中央大聖不動明王の索に
かけて 祈り祈られ悪霊次第に遠ざかれば」と五大明王が義経と弁慶の一行を守り、悪霊を遠ざけます。
●悪霊退散:ついに最後は悪霊たちは退散。最後の詞章は「また引く汐にゆられ流れ また引く汐にゆられ流れて 跡白波とぞなりにける」
「私がとても気になることは、後ジテの平知盛は橋掛リを通って揚幕を越えて鏡の間に退場するのですが、最後の謡「跡白波とぞなりにける」白波となって波間に姿が
消えたけれども、気配がまだ残っている気がするのです。鏡の間という舞台空間の効果といえるかもしれません。姿は見えなくなったけれど、また出てくるかもしれないという気配。これもまた能の魅力と言えるかもしれません。物語は終わらない。見えない世界はずっとそこにあると。」と中西氏はおっしゃっていました。

2022.1111 O.A 「もうすっかり冬景色」 [varied stories]

上村知弘さん(フォトグラファー&ガイド)
http://www.tntnaturecon.com/

彼から届いた写真を見てびっくり!もう完全に冬〜〜〜〜〜〜〜〜。
「雪は今のところ10cmくらい。気温は氷点下9度前後です。まだ一桁。でも今週末は寒波がやってきて、氷点下30度とか・・・。」もう口あんぐり状態です。
実は例年に比べると雪は遅かったそうです。ガイドの仕事をやっている頃はこのシーズンに日本に帰っていたので、今がなんとなく新鮮とおっしゃっていました。
ユーコンの秋は通常9月中旬から10月中旬くらいまでの1ヶ月。今年は10月後半まで秋だったので、彼のお友達のお話しからすると、少しだけ長かったそうです。
前回はブルーベリー摘みのお話しをなさっていたので、あまりにも違う景色に驚いてしまいました。
雪が降ってしまうとなぜかある意味諦めてしまう感じ、北海道の方だったらおわかりいただけるかしら?
冬ごもりに欠かせない薪割りが気になっていたのですが、やっと間に合った感じで、4ヶ月分くらいは大丈夫かな?と。
ハンティングは今年はうまくいかなかったみたいです。冬場の食料として欠かせないので、こちらも気になっていたのですが・・・。
ハンティングは3回ほど。2回はムースハンティング、1回はバイソンハンティングに行かれたそうです。バイソンハンティングの時はお友達と出かけたそう。
もう諦めかけた頃、近くで銃声が・・・。どうやら良いところまで追い込めていたみたいですが、他の人たちが仕留めたみたいです。
でも、冷凍の肉がまだあるので、大丈夫かな?と少し寂しげな声が印象的でした。
上村氏、12月には日本に帰国なさるそうで、次回は日本のどこかからのお話しが聞くことができそうです。
※写真は上村知弘氏からお借りしました。
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2022.1110 O.A 邦楽(赤塚不二夫特集) [chord 5]

・ひみつのアッコちゃん / ひみつのアッコちゃん テーマ
・すきすきソング / ひみつのアッコちゃん エンディング
・花のア太郎 / もーれつア太郎 テーマ
・江戸っ子のスキャット / もーれつア太郎 エンディング
・天才バカボン / 天才バカボン テーマ
・タリラリランのコニャニャチワ / 元祖天才バカボン テーマ
・元祖天才バカボンの春 / 元祖天才バカボン エンディング
~今回は赤塚不二夫 連載HIT60周年特集です。
曲のセレクトはもちろん斎藤氏。今夜は斎藤氏とmidoriでお送りします。

グレープフルーツ〜ホワイト〜(野村 香編) [fun science]

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今回はメジャーな万人向けの香りグレープフルーツ(ホワイト)について。
ミカン科、スイートオレンジから作られた交配種。樹高は10mの大木で、白い星型の花を咲かせるそう。
抽出部位は果皮。圧搾法では光毒性もあるので、水蒸気での蒸留法が使われるとのこと。成分はリモネン95%。
グレープフルーツ(ホワイト)は心にも体にも皮膚にも有用な成分が含まれているそうです。
例えば、心には・・・自己批判や罪悪感がある方には心を軽くする、ストレス等で食べ物やお酒に走ってしまう方には気分転換に。
体には・・・脂肪分解を助け、むくみやセルライトを排除する様な働きが・・・。また、リウマチ痛や高血圧、暴飲暴食に夜胃の熱を冷ますのにオススメとか。
さらに皮膚には・・・大人のニキビやヘルペスの緩和等にも使われるそうです。
「芳香では気分転換、経皮吸収させて無駄な脂肪をどこかにやって、大人のニキビには直接塗布。これって香りもよくて便利なエッセンシャルオイルですよね。」
私の感じたグレープフルーツに関するイメージでした。
※音声はこちら・・・https://open.spotify.com/episode/39bENy5x10wU7k2a4qPPYg