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クジラ関連のニュースを考察!(笹森 琴絵編) [nature treasure]

笹森①2005シャチ.png笹森②マッコウ.png笹森③ミンクb.png
「今年も、一年が始まった早々、クジラのニュースが立て続いているので、ご紹介がてら考察しましょう。」
まずは、大阪湾のマッコウクジラ〜1月中旬から目撃情報があったらしく、一か月近く滞留し、2月19日に堺市の港で死んでいるのが確認された。彼らは深海のイカなどを食べています。ひと月も餌が獲れないうちに体力や免疫が落ちて命を落としたのでしょうか・・・。
昨年の1月に淀川河口付近でマッコウクジラが。その4日後に死亡が確認され、解剖後、紀伊水道沖まで運ばれ、海底に沈められました。
続いて、北海道でもクジラの座礁〜2月18日に北斗市の海岸でミンククジラの死骸見つかる。体長約7m、体重6トンほどの雄。死後1週間ほど。致命傷らしき外傷はなく、函館市が20日、埋設処分に。
さらに2月は、羅臼でシャチの群れが氷に挟まれることも・・・〜6日午前7時頃に羅臼町海岸町の沖合約1.6キロの位置で、狭い開氷面に閉じ込められているのを発見された。「スパイホップ」と呼ばれる、水面から頭を突き出して周囲を見渡すような姿勢で、かわるがわる呼吸する姿をテレビや新聞等で見て、胸を痛める人は多かったよう。7日未明に見たという情報があるが、それ以降は姿を消す。2月末までにそれらしき目撃情報も座礁や死骸をみたという情報もないので、助かったと思いたい。
さて、羅臼では、冬もシャチがみられるのでしょうか?笹森氏も羅臼で4年程に亘り、毎月周年で鯨類調査を行ったのですが、羅臼の海は釧路と違って陸からも観察可能とのこと。船が出られない時化の日や流氷が押し寄せている時期でも、やって来ていればわかる場合が多いそう。逆に言えば、5~6月のシャチのハイシーズン以外は、少なくとも羅臼側には、ほぼ来遊していないと考えてよいのではないかとおっしゃっていました。
以前、2005年にも流氷期のシャチ座礁があったそう。2005年2月、海岸近くで子供を含む群れが流氷に挟まれ死んだそう。流氷期に知床周辺に現れるシャチは、流氷上で出産と子育てをするアザラシ狙いとみていいのでは?と。当時の座礁個体の解剖結果から、氷の巻き込まれる前にアザラシを食べていたことがわかっているそうです。岸へと追いやられて命を落とした2005年と違いの一つは、現場が沖合だった点。比較的、退路を見出しやすかったのかもしれない・・・と。ただ、このようなことは私たちの目の届かない海域では想像以上に多く起きているのかもしれないのです。
ところで、流氷が薄くなって、動きも変化していることなどと関係があるのでしょうか?2005年にもその指摘はあったそう。流氷シャチに限らず、水温と相関関係がある鯨類の動きが、上昇傾向にある水温に合わせて変わるのは必然。餌生物は、鯨類よりも遥かに海水温の変化に対してセンシティブ、餌の分布などによっては育児域を変えざるを得ない種も・・。寒冷期、つまり海水温が下がる時期は南で、温暖期、つまり海水温が上がる時期には高緯度でエサ取りや子育てを行うのですから。
「シャチもマッコウも、海で起きることは自然の流れに委ねる方が良いのですが、ただ、それが人間活動に起因している、あるいは私たちの行動の歪みで起きているとはっきりしている場合は、また別の話。自分たちの行動の責任を取るという意味で、解決すべく手を尽くすという考え方は重要だと考えます。自然なことと、そうでないことの見極めは難しいのですが、闇雲に騒いだり嘆き悲しんだりといった過剰反応をせず、成り行きを見守る姿勢も必要だと思います。」
とはいえ、このような機会に野生動物や自然界に関心を持ち、知識や情報を得ようと、身近と捉えていなかった海や動物に親近感や共感を抱くことは、環境や動物保護の観点からこの上なく大切なことだと思うとおっしゃる笹森氏に同感する方は多いのではないでしょうか。
※写真は笹森琴絵氏からお借りしました。
※音声はこちら・・・https://open.spotify.com/episode/7HJtxORxcJNMBacwjWqWJk

charge energy [close to you <art編>]

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以前、博物館浴についてお話しを伺った緒方 泉氏、今回釧路にいらっしゃるとのことで、その後についてお話しを伺いに出かけました。
日本では、<博物館といえば勉強する場所、知識を得る場所>と感じる人が多く、敷居が高い場所と思われがち。もちろん学びの機会を提供すること使命かもしれないのですが、それ以外のことがあるのです。
誰にでも開かれているはずの博物館を、限られた人だけが勉強する場所にしておくのはもったいないと緒方氏。そこで日本でも健康という切り口で博物館の新しい価値を提示したいと博物館浴の研究を始めたのです。museumに行くとなんとなくホッとする気がした・・とか気持ちが軽くなったとか感じたことはありませんか?
それを見える化してエビデンスを集めようと全国のmuseumに出かけ、実証実験を行っていらっしゃいます。世界中でも様々な都市で行われているので、同じ方法で実験しているそうです。
目指せ1000人だったのですが、現在900人くらいの方のデータが集まっていると。
museumといっても様々な形式があります。美術館、科学館、自然史博物館、民俗資料館、天文台等々・・・。
「今日はこんな気分でこんな体調だから、どこに行こうかな」と思った時に、アプリで簡単に自分をチェックできて、行った方が良いmuseumがわかるなんて最高ですよね。そんなアプリがあったら即スマホに入れたいと思う私。
たくさんのデータに基づいて、それをその時に必要なmusuemと紐付けする。
いずれそんなことが可能になりそうな予感を緒方氏と話していて感じました。
現在までに見えてきた心配な中高大生の様子も浮かび上がってきたそうです。museumとWell-beingの関係をさらに追求し可視化することによって、もっと身近なmuseumがこれから広がっていきそうな感じがしました。

2024.0320 O.A 釧路保健所 所長 石井安彦氏 [close to you <dr.編>]

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最近、テレビ・新聞等で話題になっている「はしか(麻疹)」のこと。釧路ではどんな感じなのでしょう?気になってお応えいただきました。
厚労省のhpには、はしか(麻疹)は麻疹ウイルスによって引き起こされる急性の全身感染症と。
感染経路は空気感染・飛沫感染・接触感染。その感染力は非常に強いようです。
感染すると、それから約10日後くらいに、最初は風邪の症状が続くそう。発熱やせき、鼻水といった感じです。
2~3日、熱が続き、その後39度以上の高熱と発疹が現れるとのこと。
感染力が強いので、例えによってはインフルエンザの10倍と言われることもあるそうです。
合併症を引き起こすこともあり、稀にですが、死亡することもある、決して侮ることのできない病気なのです。
やはり感染しないためにはワクチンが有効とのこと。年代によって1回打ったとか、2回終わったとか、1回も打っていないという方がいらっしゃると思います。
基本的には現在は1歳と6歳の時に1回ずつワクチン接種をすることが良いとおっしゃっていました。
自分がワクチンを打ったかどうかわからないという方は母子手帳を見てくださいと・・・。
そこに記入している場合があります。もしくは親に聞いてみてとも。
それでもわからない場合は血液検査で抗体検査もできるそうです。本当に気になったらそのような方法もあるそうです。
さて、もしかしたら自分が感染したかもしれない・・・いつもの風邪と違う・・・と思ったら、すぐに病院には行かずに、まずは電話でかかりつけ医に相談するのが良いようです。万が一、麻疹にかかっていたら病院に行くことで他の方にもうつしてしまう可能性があるからです。
ちなみにインフルエンザやcovid19のような薬はなく、麻疹は対症療法しかないそうです。
「ワクチンは愛なんです。感染対策は愛です。」とおっしゃっていたのですが、確かに誰かにうつさない、ウイルスから守るためにはワクチンを接種するのが唯一の方法なのだと思います。

調査船スタッフの役割や業界用語・・(満澤 巨彦編) [varied experts]

写真1一般公開で子供たちに説明する「よこすか」船長.jpg写真2「新青丸」甲板作業の様子1.jpg写真3「新青丸」甲板作業の様子2.jpg写真4「新青丸」司厨部特性カレー.jpg
現在JAMSTECには大きさの順に地球深部探査船「ちきゅう」〜5万トン級の船で海底をボーリングして調査研究するための掘削船。極域観測研究船「みらい」、海底広域研究船「かいめい」、学術研究船「白鳳丸」、深海調査潜水船支援母船「よこすか」、1600トンの東北海洋生態系研究船「新青丸」の6隻の調査船を運航。「最近は乗船する機会がめっきり減りましたが、私がよく乗船したのは「なつしま」「かいよう」そして「よこすか」「新青丸」です。私は大学で石狩川や天塩川で漁船を使った調査の経験はありましたが、寝泊まりができる船はフェリーぐらいしか乗ったことはなく、船上で調査観測の経験もない状態でいきなりの乗船でした。最初に乗船した時は船長が一番偉いぐらいしか知りませんでした。」船長以外の船員さんとしては、航海士、機関士、通信士がいます。通信士はインターネットなどが普及して無線を使う機会が減ったこともあり、最近JAMSTECの船では電子士と呼んでいるそうです。航海士は船を操船し運転する人たちで一等航海士、二等航海士、三等航海士がいます。機関士は船を動かすための動力や機械を運用したりメンテナンスしたりする役目ですが、機関長が一番偉く、一等機関士、二等機関士、三等機関士と続くと・・。通信士は無線局長、最近は電子長と呼ぶそうですが、その電子長と通信士とそれぞれ階級があるとのこと。航海士は操船するだけでなく甲板の作業なども担当し、船全体の安全管理も。特に一等航海士は船上作業全般の責任者。機関士は、船の後ろ側のエンジンに近い場所にある機関制御室という場所で作業。通信士は無線や衛星電話、インターネットを使って陸や他の船舶と連絡をとったり、その通信に使う機器のメンテナンスを担当。JAMSTEC船舶の場合は船に装備された観測機器、例えば海底地形を調べるために使う装置や、海底の位置を把握するための音響機器、データ処理をするためのコンピュータなどの管理をしているそうです。また、病気や怪我をした時、「ちきゅう」には航海の規模によっては船医が乗ることがあるそうですが、通常は船医は乗船しません。病気や怪我の時は、航海士あるいは機関士で衛生管理者の資格を持つ方が対応。必要に応じて陸上と連絡をとってクスリをだしたり、注射したり、傷口を縫合したり・・。さらに、航海士の補助をしたり船上での作業をしたりする甲板部、機関士のもとでエンジンや発電機などのメンテナンスや修理をする機関部、航海中の食事をつくる司厨部があるとのこと。人数は船の大きさや作業内容で変わるそうですが、甲板部は甲板長の下に5~6人、機関部は操機長の下に4~5人、司厨部は司厨長の下に3人ぐらいの方がいらっしゃるそう。
船の運航は基本的には4時間ごとの3交代制。船長、機関長以外は1日2回4時間の仕事。一等航海士、一等機関士は朝と夜の4時~8時で「ヨンパー」、二等航海士・二等機関士はやはり朝と夜の8時から12時で「パーゼロ」、三等航海士・三等機関士は昼と夜中の12時から4時で「ゼロヨン」で各々2回1日8時間仕事をするそう。
さて、最初に船で困ったのは業界用語と満澤氏。例えば、先ほどの「ヨンパー」「パーゼロ」とか普通の会話にでてくるとか・・。操舵室はブリッジとなんとなくわかりますが、機関制御室のことを「コーンルーム」、船から観測機器を海中に投入することを「レッコ」と言うそうです。「コーンルーム」はコントロールルームの略。「レッコ」はレッツゴーの略。これから派生して物やごみを捨てることも船では「レッコ」と言うそうです。
特に乗船して最初に覚えるのは船員さんの呼び方。船長、機関長、一等航海士、二等航海士、三等航海士、一等機関士、二等機関士、三等機関士、通信長、甲板長、操機長、司厨長・・・。○○さんと名前で呼ぶことはなく肩書あるいはその略称で呼ぶのが普通だそう。確かに覚えるまで大変そうです。。。
※尚、写真は JAMSTEC 満澤巨彦氏からお借りしました。
・写真上(左):一般公開で子供たちに説明する「よこすか」船長。制服の肩章には4本の金線が入っています。機関長も金線4本ですが金線の間が紫色。
・写真上(右):「新青丸」での甲板作業の様子。右端でマイクを持って指示している方が一等航海士(チョッサー)、甲板で作業全体をみて各担当へ指示をだす。
・写真下(左):「新青丸」甲板作業の様子。右側手前で背を向けている方が操機長(ナンバン)、この時は一等航海士の指示でウインチ操作をしている。
・写真下(右):「新青丸」司厨部の特製カレー。航海中は食事が楽しみと満澤氏。

2024.0315 O.A 「フェリーでお出かけ」 [varied stories]

鈴木雅章さん(翻訳者・ライター)

そろそろ秋めいてきたオーストラリア。でもまだ30℃を超える気温の日もあるそう。
最近の鈴木氏の趣味はカエルを見守ること!!お話しを伺っていても彼のカエル愛を熱く感じました。
前回お話しいただいたカエルですが、どんどんおたまじゃくしからカエルになり、彼の元を旅立って行っているそう。1日に30匹くらい?とか・・・。
さて、少し前にクーリンガイ・チェイス国立公園のザ・ベイスンに行ってきたそうです。車で30分ほどのエタロン・ビーチからフェリーを2本乗り継ぎ、クーリンガイ・チェイス国立公園のザ・ベイスンに。シドニー市内から北に40キロほど離れたところにあるそうです。
家から車で30分ほど走り、エタロン・ビーチからパーム・ビーチにフェリーで行き・・・乗船時間は約30分。フェリーの料金は大人$14.7(約1400円)、子ども$7.35(約720円)。 そのパームビーチからザ・ベイスンまで別の小さなフェリーで行くそうです。乗船時間は15分。フェリーの料金は大人$9.5(約930円)、子ども$4.75(約460円)。 ですから片道大人が2300円くらい。
ザ・ベイスンまでは車ではいけないそうです。車で行くためには近くの駐車場に停めて山道を2.8キロ歩かなければならず・・・現在は落石などで閉鎖中とのこと。
水上タクシーで行くことも可能とのことですが、最低料金は65豪ドル(約6400円)。お高めです。
「フェリーを乗り継いでいくようなところなので、1日仕事です。地元の人よりも、休暇でオーストラリアを訪れているようなフランス人とかイタリア人とか、留学生グループとかの外国人が多かったです。」
この国立公園、カフェやレストランはなく、食べ物は持参する必要があり、さらに携帯電話(ネット)がつながらないそうです。
ワラビーがいるそうですが、彼は見なかったそう。<ゴアナ(オオトカゲ)にエサをやらないで>の注意書きがあり、ビーチで和んでいると、近くの木の上にオオトカゲがゆっくりと上っていくのを見かけたとおっしゃっていました。
ザ・ベイスンでは予約制でキャンプができるようになっているとのこと。何もないので、やはり観光客の方が多いそう。「楽しかったです。今度はキャンプしたいですね。」とおっしゃっていましたが、彼が現在住んでいるところも野生の鳥は鳴いているし、カエルはたくさんいるし・・・海も近いし、自然豊かな場所のようなので、自宅の庭でキャンプするのと変わらないかも?と思った私でした。
※写真は鈴木雅章氏からお借りしました。
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2024.0314 O.A アイドル [chord 5]

・明治チェルシーの唄 / シモンズ
・草原の輝き / アグネス・チャン
・恋のダイヤル6700 / フィンガー5
・裸足の季節 / 松田聖子
・さよならの向う側 / 山口百恵
・夏色のナンシー / 早見優
~今回は邦楽アイドル編。70年代~80年代アイドル総決算と題してお送りします。
セレクトは齋藤氏。出演 齋藤氏&midoriでお送りします。

足環と衛星送信機で・・・(齊藤 慶輔編)  [nature treasure]

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鳥インフルの続き・・・
どちらもオジロワシのお話しです。まず、2022年に鳥インフルで収容されたオジロ。今年の冬に放鳥することができたそう。
そこに衛星送信機を装着し、少しでもエサをとることができるように風蓮湖で放しました。それから3~4日、ほぼ動かず・・・その後風蓮湖に向かったそうですが、すぐにまた内陸に移動。牧場などで何をしているのか?何を食べているのか?疑問だらけですが。。。
収録の少し前には標津漁港のそばに移動したそうです。「心配なので来週くらいには現地に行ってみたいと思います。」と慶輔獣医。なぜならそこはかつて鳥インフルが発生した場所なのです。何もなければ良いのですが・・・。
そして、もう1件。こちらは2019年に放鳥したオジロ。羅臼で道路の脇をとことこ歩いていたそうで、センターに収容されました。
特に目立った外傷はなく、どうやら早くに巣立ってしまい、まだ、きちんと飛ぶこともできない状態だったそう。その子が・・・5年経って、羅臼でカメラマンの被写体になっていたそう。足環をつけているので、精度の高いカメラで撮影した写真にはその足環がしっかり写っていて、さらに標識の文字も読み取ることができたそうです。さすが時代のなせる技。カメラも素晴らしく、それを見るパソコンも拡大して見ることができるから。
そこで確認できた時にはとっても嬉しかったと教えてくださいました。
ただ、やはりこの時期はとくに人間に関与するエサを頼りにしないと生きていけないという現実が露呈された感じです。
※写真は齋藤慶輔氏からお借りしました。(なお、下段2枚の写真はA.H氏提供のものです。)
※音声はこちら・・・https://open.spotify.com/episode/4KSbszWQ4Rf6rQRnpA7Yp9

collaboration with local companies [close to you <art編>]

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北海道教育大学附属釧路義務教育学校美術の授業で地元企業とコラボして商品のラベルパッケージデザインを作成。
地元のお菓子屋さんクランツの社長さんの快諾を得て、始めたのが今から3年前とのこと。
実際にお菓子を食べてみて、食レポをして、そこからデザインを考える。やはり食べてみると食感や肌で感じた印象をパッケージに込めたいと思う生徒が多いそう。
お菓子を買うお客様視点で考えた作品ももちろんあります。内容が見えた方が良いとか、味のイメージをわかりやすい色で表現したり、原材料に着目し、デザインに反映させたり。発送がとてもユニーク。
自分たちの考えたラベル・パッケージに入ったお菓子が店頭で販売される。この意義をしっかり認識して制作されたものばかりです。
この体験を通して学んだことは数多く、単にお菓子のパッケージ・ラベルを作ったというだけではないのです。生徒たちに与えるだけではなく、自ら考えさせる授業。
今までにも行ってきた地域を意識した課題やその取り組み。美術でどう取り込むのか・・・。
それは美術という枠を超えて、今後の生き方やその取り組みにつながるのだとあらためて思った私です。本来の授業とはこうあるべきなのでしょう。おそらく。。。
※写真は更科結希氏からお借りしました。

2024.0313 O.A 釧路労災病院 院長代理 小笠原和宏氏 [close to you <dr.編>]

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毎年、年に一度開催される患者満足度調査。全国にある30くらいの労災病院関連施設で行われるそうですが、結果が良くなかった・・・と。
約60くらいの質問を200~300人を対象に実施。その結果、去年と比べると接遇面の評価が良くなかったそう。「労災病院の接遇が悪くなったというよりは、忙しくて一時的に患者さんに申し訳ないことをしたのかな?という風に感じて、そうであってほしいと願っています。」と。ほかの高い技術で安心できる医療していますか?というような質問では結構高い評価を受けていたようだとおっしゃっていました。医療の質そのものは決しておとさない。良質な医療を地域の患者さんに提供しているという自信はあるのですが、そのためにはもちろん人も大事ですが、設備投資も大事。
小笠原氏が計画して実行したその中の一つにHCU(ハイ・ケア・ユニット)があります。ICUは集中治療室、HCUは高度治療室。ICUほど生命に関わる危険な患者さんを診るのではなく、手術直後の患者さんやより慎重に観察しなければならない患者さんを診る感じと・・・。そして自分の足で歩けるようになったら一般病棟に戻るという、そのような一時的に重傷の患者さんを診る治療室がHCU。今まではなかったので、手術が終わった患者さんは麻酔から醒めてまだボーッとしている状態で一般病棟に帰ってきて、ナースステーションの近くにある個室に入ってもらっていたそうです。
大きな病院の中にはICUもHCUもある病院もあるそうです。その労災病院のHCUは5月初旬には動き出しそうな感じとおっしゃっていました。
そして、もう一つ、構想から実際に運営開始したのが緩和ケア病棟。まず、入れ物があることによって働く人たちの意識も変わったそうです。
緩和ケア病棟をつくったことは非常に有意義だったと・・・。
緩和ケアはチームで動きます。「この数年間で小田先生のおかげで看護師も薬剤師もリハビリも栄養士も・・・皆、数段スキルが上がっていると思います。
それは何よりも・・病院の財産だと思います。」と嬉しそうに教えてくださいました。

能の台詞〜擬音語・音の表現etc.(中西 紗織編) [varied experts]

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今回は、耳に残るちょっと気になる台詞、音の表現、擬音語の面白さが活きている台詞などについて。台詞の場面を中心にご紹介。
●《清経》
 シテ:平清経 ツレ:清経の妻 ワキ:淡津三郎 
「船よりかっぱと落ち汐の」〜世阿弥作の《清経》という能の最後のほうに出てくる台詞。平清経、その清経の亡霊が妻の夢に出てきて無念の最期を語り、念仏によって成仏するという物語。
清経が最期を覚悟し、腰にさしていた笛を吹き、念仏を唱えて船から飛び込む・・その音や状態を「かっぱと落ち汐の」と表現。この台詞の前後は、「南無阿弥陀仏 弥陀如来 迎へさせ給えと ただ一声を最期にて 船よりかっぱと落ち汐の 底の水屑と沈み行く憂き身の果ぞ悲しき」。
この「かっぱ」は一種の擬音語で、妖怪の河童ではありません。耳で聞いた音から想像されるイメージではユニークな感じさえしてしまいます。
●《松虫》
 前ジテ:男 後ジテ:男の霊 前ツレ:男(三人) ワキ:酒売りの男 アイ:里人
「きりはたりちょう」〜現代人の私たちはめったに耳にしない言葉。能では《松虫》や《錦木》、《呉服》などに出てきます。いずれも、その前後に「虫の音」とか「機織る音」などの言葉が見られると。
能《松虫》は、松虫の音に今は亡き友を偲ぶ、物寂しい物語。能の最後の場面に「きりはたりちょう」が出てきます。その前後には「面白や千草にすだく虫の音の 機織る音の」そして後ジテが「きりはたりちやう」と言うと、地謡が「きりはたりちやう」と繰り返す。《松虫》のこの場面は謡のリズムが特徴的。「(ン)きーりはたり ちょおーおーー」のように。仕舞の場合「きーり」で扇を二回打合せて「はたり」で左・右・左と足拍子を踏むという独特の所作があるそう。音楽的なリズムの要素にも注目してこの能の「きりはたり……」を聞くと面白いかもしれません。
●《羽衣》
 シテ:天女 ワキ:漁師白龍 ワキツレ:漁夫(二人)
「笙笛琴箜篌」〜これは妙なる音楽が聴こえてくる場面で、天女や天人、または、やんごとなき方が登場する時に見られる台詞。能《羽衣》の天女が舞う場面や《須磨源氏》という能では後ジテの光源氏が舞う場面に「笙笛琴箜篌」が出てくる。「笙・笛・琴・箜篌」は楽器の名称。「笙しょう」は雅楽の笙という楽器、「ちゃく」は笛、「琴」はきんの琴の「こと」という楽器、「箜篌」は正倉院に伝わる楽器で現行の雅楽にはなく、ハープの一種。《羽衣》では、天女が天の羽衣を漁師白龍から返してもらい、舞を舞う場面にこの「笙笛琴箜篌」が出てくる。「笙笛琴箜篌 孤雲の外に充ち満ち」つまり、「笙、笛、琴のこと、箜篌などいろいろな楽器の音色が、はなれ雲に満ち満ちて」と、天から妙なる音楽が降ってくるような、耳からも目からも美しいものに満ち満ちた風景というわけです。